高級食パンブームの背景と「銀座に志かわ」の急成長
2010年代後半、日本では「高級食パン」ブームが巻き起こりました。1本2斤で約1,000円という高価格帯の食パンが、日常の小さな贅沢やギフト需要として急速に普及。「銀座に志かわ」はこのブームの牽引役の一つで、2018年のブランド立ち上げから2021年頃にかけて店舗数と売上が急増しました。1店舗あたり最大600本の食パンが連日完売し、1本864円(税込)で販売されていた時期には、1日50万円以上の売上を記録する店舗もあったほどです。この人気の背景には、独自のアルカリイオン水を使用したしっとりとした食感や、ほのかな甘みと上品な風味が特徴の食パンが、消費者にとって新鮮で魅力的な商品として映ったことが挙げられます。さらに、メディア露出やSNSでの話題性もブームを後押ししました。
ブームの沈静化と大量閉店の理由
しかし、高級食パンブームは一過性のトレンドに終わり、「銀座に志かわ」は最盛期の140店舗から2025年時点で約50店舗へと大幅に減少しました。この急激な縮小には複数の要因が絡んでいます。以下に、その主な理由を詳しく解説します。
1. 市場の飽和と競争の激化
高級食パンブームのピーク時には、全国で1,000店舗以上の専門店が乱立しました。類似のコンセプトを持つ競合ブランドが次々と参入し、市場が急速に飽和。特に、似たような高価格帯の食パンが増えたことで、消費者の選択肢が分散し、ブランドごとの差別化が難しくなりました。「銀座に志かわ」も、独自のアルカリイオン水による品質を売りにしていましたが、他ブランドとの明確な違いをアピールしきれず、顧客離れが進んだと考えられます。
2. 一過性のトレンドと消費者の飽き
高級食パンは「プチ贅沢」として注目されましたが、日常的に1斤1,000円の食パンを購入し続ける消費者は限られていました。ブーム初期の物珍しさや話題性が薄れると、消費者はスーパーやコンビニで手軽に購入できる安価な食パンに戻る傾向が強まりました。特に、コロナ禍で外出が減り、行列を作るほどの熱狂が失速したことも影響しました。店舗を訪れた際の「ほぼ貸切状態」や、商品ラインナップの単調さが、購買意欲の低下を加速させた可能性があります。
3. ビジネスモデルの限界
高級食パン専門店のビジネスモデルは、比較的低コストで参入しやすい一方で、単一商品に依存するリスクを伴います。「銀座に志かわ」は食パンのみを主力商品とし、品目を絞った運営を行っていましたが、これが裏目に出ました。消費者のニーズが多様化する中、限られた商品バリエーションではリピート客を維持することが難しく、売上減少に直結しました。また、店舗運営にかかる固定費(家賃や人件費)が高く、ブームが落ち着いた後の収益確保が困難だったことも、閉店の大きな要因です。
4. コロナ禍の影響
コロナ禍は高級食パン業界全体に大きな打撃を与えました。ブームのピーク直前に起こったパンデミックにより、消費者の生活様式が変化。外出自粛や在宅時間の増加により、わざわざ専門店に足を運ぶ機会が減少し、行列が消滅しました。さらに、経済的な不安から高価格帯の商品への支出を控える傾向が強まり、日常的な食パン需要はより安価な選択肢にシフトしました。この時期に、過剰な店舗展開を進めていた「銀座に志かわ」は、需要の急減に対応しきれず、閉店を余儀なくされた店舗が増えました。
「銀座に志かわ」の今後の挑戦と展望
大量閉店を経て、「銀座に志かわ」は新たな活路を模索しています。2025年時点で、ブランドは海外展開やイートイン併設型店舗への業態転換を進めています。例えば、東京都内ではカフェ併設型の店舗をオープンし、食パンだけでなく「生抹茶みつ」などのスプレッドを活用したメニューを提供。これにより、単なるテイクアウト専門店から、体験型のカフェとしての価値を高める試みが見られます。また、海外市場での需要開拓も視野に入れ、ブランドの再構築を目指しています。しかし、国内での高級食パン市場の縮小傾向を覆すには、さらなるイノベーションや消費者ニーズへの柔軟な対応が求められるでしょう。
高級食パン業界全体の課題
「銀座に志かわ」の事例は、高級食パン業界全体が抱える課題を象徴しています。ブームに乗じた急激な店舗拡大は短期的な成功をもたらしましたが、長期的な需要を見誤った結果、多くブランドが苦境に立たされました。今後、業界が生き残るためには、商品の多様化や新たな顧客体験の提供、さらには価格戦略の見直しが必要です。高級食パンが「特別な日のギフト」から「日常の食卓」に定着するためには、品質だけでなく、価格と利便性のバランスが重要となるでしょう。