坂口志文がノーベル生理学・医学賞受賞、制御性T細胞の発見の意義

坂口志文:ノーベル生理学・医学賞受賞
制御性T細胞の発見:免疫学の革命

坂口志文:ノーベル生理学・医学賞受賞

2025年10月6日、スウェーデンのカロリンスカ研究所は、2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞者を発表しました。その中で、日本人研究者の坂口志文氏(大阪大学特任教授、74歳)が、米国のメアリー・E・ブランコウ氏(システム生物学研究所)およびフレッド・ラムズデル氏(ソノマ・バイオセラピューティクス)と共同で受賞することが決定しました。この受賞は、免疫系の「ブレーキ」役となる制御性T細胞の発見とその意義の解明に対する功績を讃えるものです。日本人として生理学・医学賞の受賞は、2018年の本庶佑氏以来6人目となり、自然科学分野全体では21年の真鍋淑郎氏以来の快挙です。

坂口志文氏のプロフィール

坂口志文氏(さかぐち しもん)は、1951年1月19日、滋賀県生まれの免疫学者・医師です。大阪大学卒業後、同大学で免疫学の研究を進め、京都大学名誉教授、大阪大学栄誉教授を務め、現在は大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)の特任教授として活躍しています。過去には、2009年に紫綬褒章、2017年に文化功労者、2019年に文化勲章を受賞するなど、数々の栄誉に輝いています。また、2016年に共同創業したバイオベンチャー企業レグセル(RegCell)では最高技術責任者(CTO)を務め、制御性T細胞を活用した治療法の開発を推進しています。

主な研究業績:制御性T細胞の発見

坂口氏の最大の功績は、免疫反応を抑制する「制御性T細胞(Regulatory T cells、Treg)」の発見です。免疫システムは体内の異物を排除する重要な役割を果たしますが、過剰な反応は自己免疫疾患(例:リウマチや多発性硬化症)やアレルギーを引き起こします。制御性T細胞は、この免疫の「ブレーキ」として機能し、過剰反応を抑えることで体内のバランスを保つことが明らかになりました。

1990年代後半、坂口氏の研究チームは、制御性T細胞がFoxp3という転写因子によって制御されることを解明。これにより、免疫寛容のメカニズムが初めて明確にされ、がん免疫療法や移植医療への応用が期待されています。この発見は、免疫学の教科書を塗り替えるほどのインパクトを持ち、坂口氏の長年の研究の結晶です。

ノーベル賞受賞の意義

ノーベル委員会は、坂口氏らの業績を「免疫のブレーキ役の発見により、自己免疫疾患やがん治療の新たな道を開いた」と評価しました。日本人として生理学・医学賞初の受賞は、1987年の利根川進氏以来の快挙ですが、坂口氏のそれは特に基礎免疫研究の頂点を示すものです。将来的には、制御性T細胞を活用した新薬開発が加速し、数百万人の患者に希望を与えるでしょう。

受賞後の影響と今後の展望

受賞直後、大阪大学は坂口氏の功績を称える声明を発表。坂口氏は「この発見が人々の健康に寄与することを願う」とコメントしました。また、坂口氏は2016年に設立したバイオベンチャー「レグセル(RegCell)」で、制御性T細胞を基にした治療法の商業化を推進中です。将来的には、がんやアレルギー治療の革新が期待されます。

坂口志文氏の受賞は、日本免疫学の国際的地位を高め、次世代研究者の励みとなるでしょう。

制御性T細胞の発見:免疫学の革命

制御性T細胞(regulatory T cells、Treg)は、免疫系が自己組織を攻撃しないように調節する重要な役割を果たす細胞群です。この発見は、自己免疫疾患やがん治療の理解と治療法開発に革命をもたらしました。特に、日本の免疫学者である坂口志文を中心とする研究チームによる業績が、2025年のノーベル生理学・医学賞受賞につながりました。

発見の背景

1980年代、免疫学の分野では、免疫系が病原体を攻撃する一方で、自己組織を攻撃しない「免疫寛容」のメカニズムが中心的な研究テーマでした。当時、免疫寛容は主に胸腺での「中心寛容(central tolerance)」によって達成されると考えられていました。しかし、坂口志文は、胸腺外での「周辺免疫寛容(peripheral immune tolerance)」の存在に着目し、研究を進めました。

坂口は、遺伝的に同一のマウスを用いた実験で、成熟したT細胞を胸腺のないマウスに注入すると自己免疫疾患が発症しないケースがあることを発見しました。この結果から、特定のT細胞が免疫系の過剰反応を抑える役割を果たしていると推測しました。

制御性T細胞の定義と意義

1995年、坂口志文は「制御性T細胞」という新しいT細胞のクラスを正式に定義しました。これらの細胞は、免疫系が正常な自己組織を攻撃しないように制御し、免疫バランスを維持します。特に、Foxp3遺伝子が制御性T細胞の発達と機能に不可欠であることを証明しました。この遺伝子が欠損すると、免疫系が自己組織を攻撃し、重篤な自己免疫疾患を引き起こすことが明らかになりました。

この発見により、自己免疫疾患がなぜ全員に発症しないのかという長年の謎が解明されました。制御性T細胞は、免疫系が微生物やウイルスから体を守りつつ、自己組織への攻撃を防ぐ「ブレーキ役」として機能します。

共同研究とノーベル賞

2025年のノーベル生理学・医学賞は、坂口志文(日本、大阪大学)、Mary E. Brunkow(米国、Institute for Systems Biology)、およびFred Ramsdell(米国、Sonoma Biotherapeutics)に授与されました。彼らは「周辺免疫寛容に関する発見」により、免疫学の新たな地平を開きました。ノーベル委員会は、「この発見は、免疫系の仕組みを根本的に理解し、自己免疫疾患やがん治療の新時代を切り開いた」と評価しました。

三人の研究は、それぞれ異なる視点から制御性T細胞の役割を解明し、Foxp3遺伝子の重要性を確立しました。この共同作業により、免疫寛容の分子メカニズムが詳細に明らかになり、医療への応用が加速しました。

医療への影響

制御性T細胞の発見は、以下のような分野で大きな影響を与えています:

  • 自己免疫疾患の治療:関節リウマチ、1型糖尿病、全身性エリテマトーデスなどの疾患において、制御性T細胞を活性化または強化することで、免疫系の過剰反応を抑える治療法が開発されています。
  • がん免疫療法:制御性T細胞は、がん細胞に対する免疫応答を抑制する場合があります。この特性を利用し、制御性T細胞の機能を調節することで、免疫チェックポイント阻害剤などの新治療法が生まれました。
  • 臓器移植:移植後の拒絶反応を抑えるため、制御性T細胞を活用した療法が研究されています。

今後の展望

制御性T細胞の研究は、細胞療法や遺伝子治療の進展とともに、さらに革新的な治療法を生み出す可能性を秘めています。例えば、制御性T細胞を患者の体内で強化したり、人工的に生成して投与する技術が開発中です。これにより、個別化医療の新たな可能性が広がっています。

坂口志文らの発見は、免疫学の基礎研究だけでなく、臨床医学における実用化にも大きな影響を与えました。制御性T細胞は、現代医学における「免疫の鍵」として、今後も注目されるでしょう。