大川原化工機冤罪事件の概要と司法、警察の対応

大川原化工機冤罪事件の概要

大川原化工機冤罪事件は、横浜市の化学機械メーカー「大川原化工機株式会社」の代表取締役ら3人が、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機を経済産業省の許可なく輸出したとして、2020年3月11日に警視庁公安部外事第一課に逮捕された事件です。しかし、その後の捜査で杜撰な証拠や違法な捜査手法が明らかになり、冤罪であることが判明した重大な人権侵害事件です。この事件は、日本の刑事司法における「人質司法」や公安捜査の問題点を浮き彫りにしました。

事件の背景と経緯

2013年10月、貨物等省令の改正により、特定の噴霧乾燥機が兵器転用可能な機器として規制対象となり、輸出には経済産業省の許可が必要となりました。大川原化工機は、噴霧乾燥機製造のリーディングカンパニーとして、経産省や安全保障貿易情報センター(CISTEC)に協力してきた企業でした。しかし、2020年3月、警視庁公安部は、同社が許可なく機器を輸出したとして、代表取締役社長の大川原正明氏、常務取締役、相談役の相嶋静夫氏を外為法違反の疑いで逮捕。逮捕された3人は一貫して無罪を主張しましたが、約11か月にわたり勾留されました。

捜査の問題点と冤罪の発覚

警視庁公安部と東京地検の捜査には重大な問題が指摘されています。まず、証拠の杜撰さが問題となり、逮捕の根拠となった資料には不備や改ざんの疑いが浮上しました。さらに、取り調べでは数十回にわたる過酷な尋問が行われ、女性社員がうつ病を発症するなど、精神的被害も深刻でした。2021年7月30日、初公判直前に検察は公訴を取り消し、代表取締役と常務取締役は釈放されましたが、相談役の相嶋氏は勾留中に進行胃がんと診断され、釈放直後の2021年2月7日に死去しました。この事件は、公安部の「でっち上げ捜査」や「違法捜査」として裁判所でも認定されています。

民事裁判と司法の対応

事件後、大川原化工機側は警視庁と検察の違法捜査を訴え、民事裁判を提起。2025年5月28日、東京高等裁判所は一審に続き、捜査の違法性を認め、東京都と国に対し1億6600万円余りの賠償を命じました。判決では、公安部の捜査手法が「合理性を肯定できない」と断じられ、違法性が明確に認定されました。2025年6月11日、都と国は上告を断念し、判決が確定。警視庁と東京地検は同年6月20日に会社を訪れ、謝罪を行いましたが、謝罪の場で幹部が社長や社の名前を呼び間違える失態を犯し、遺族の怒りを増幅させました。特に、相嶋氏の遺族は謝罪を拒否し、司法への不信感を表明しています。

社会的影響と問題提起

大川原化工機冤罪事件は、日本の刑事司法における「人質司法」の問題や、公安捜査の透明性、検察の起訴判断の在り方を問うきっかけとなりました。過酷な取り調べや長期勾留により、被疑者の健康や尊厳が損なわれた事実は、刑事司法改革の必要性を強く訴えています。また、警視庁は2025年8月7日、公安部の歴代幹部ら19人を処分し、検証報告書で「捜査指揮の機能不全」や「大きな過ち」を認めましたが、報告書の内容は「100点満点で5点」と捜査員から酷評されるなど、検証の不十分さが指摘されています。この事件は、経済安全保障を名目にした過剰な捜査の危険性や、冤罪を防ぐための制度改革の重要性を浮き彫りにしました。

警視庁が公安部幹部処分

2025年8月7日、警視庁は大川原化工機冤罪事件を巡り、公安部の歴代幹部ら19人を処分または「処分相当」としました。この処分は、事件当時の捜査の指揮系統の機能不全や、杜撰な捜査が冤罪を引き起こした責任を追及するものでした。最も重い処分は、捜査の中心を担った外事第一課の管理官と係長の2人で、退職済みであるため「減給1か月(100分の10)相当」とされました。その他、事件当時の公安部長だった近藤知尚氏は「警察庁長官訓戒相当」、外事第一課長だった名倉圭一氏は「警視総監訓戒相当」、取締役の取り調べを担当した捜査員は「警務部長訓戒」とされました。19人のうち10人がすでに退職しているため実質的な処分は行えず、2人が自主的に減給相当額を返納する意向を示しました。検証報告書では、捜査員からの慎重な意見が無視され、幹部への報告が形骸化していたことが指摘され、公安部長が実質的な捜査指揮を行わなかったことが「大きな過ち」の原因とされました。再発防止策として、重要事件の捜査会議の導入や公安総務課に監督部署を新設する方針が発表されましたが、これらの処分や対策は、被害者や世論から「軽すぎる」「不十分」と批判されています。

今後の課題

本事件は、警察・検察・裁判所の連携による徹底した検証が求められています。なぜでっち上げの捜査が行われたのか、なぜ保釈が認められなかったのか、そして再発防止策としてどのような改革が必要か。これらの問いに対し、司法機関は国民の信頼を取り戻すため、透明性のある対応と制度改善に取り組む必要があります。大川原化工機冤罪事件は、単なる個別の誤審にとどまらず、日本の刑事司法全体を見直す契機となる事件として、今後も注目されるでしょう。