グーグルマップ口コミの名誉毀損をめぐる東京高裁判決の解説と現行法の見直しの必要性

グーグルマップ口コミの名誉毀損をめぐる東京高裁判決の解説
プラットフォーム責任の再考が必要

グーグルマップ口コミの名誉毀損をめぐる東京高裁判決の解説

2025年7月23日の東京高裁判決は、グーグルマップの口コミによる名誉毀損を認め、Googleに投稿の削除を命じた重要な判例です。判決が「口コミの削除を求める原告が内容の虚偽性を証明する必要がある」とした点について、「Googleが書き込みを管理しているのだから、真実性を証明すべきではないか」との疑問が提示されました。以下で、判決の詳細とこの疑問について、法的観点から詳しく解説します。

1. 判決の概要

東京高裁は、甲府市の歯科医院の院長がグーグルマップの口コミ(「十分な説明、検査なしに、銀歯を取り歯を削ろうとする歯医者に驚いた」など)により名誉を傷つけられたとして、Googleに投稿の削除を求めた訴訟で以下の判断を示しました

  • 口コミが原告(歯科医院)の社会的評価を下げる内容であると認定。
  • 名誉毀損を理由に削除を求める場合、原告が「投稿内容が真実でないこと」や「公益性がないこと」を証明する必要があると判示。
  • 原告が診療手順を適切に行っていたことを立証し、口コミ内容が真実でないと認められたため、Googleに投稿の削除を命じた。

2. 証明責任について:なぜ原告が「真実でないこと」を証明するのか?

「Googleが真実性を証明すべき」との考えは、プラットフォームの責任を重視する視点として理解できます。しかし、日本の法律実務では以下の原則が適用されます

2.1 名誉毀損の基本原則

  • 名誉毀損は、刑法230条(名誉毀損罪)や民法709条(不法行為)に基づいて判断されます。成立要件は、①公然と②事実を摘示し③社会的評価を下げる内容であることです。
  • ただし、投稿内容が「真実であり、かつ公益目的である」場合、違法性が阻却され(刑法230条の2)、名誉毀損にはなりません。この場合、真実性や公益性を主張する側がその証明責任を負います。

2.2 サイト運営者(Google)の立場

  • Googleは、プロバイダ責任制限法に基づき、第三者が投稿した内容について原則として直接的な責任を負いません。ただし、投稿が違法(名誉毀損など)と判断された場合、削除義務が生じることがあります。
  • 日本の裁判実務では、削除を求める原告が「投稿内容が名誉毀損に該当し、かつ真実でないこと」を立証する責任を負います。これは、プラットフォームがすべての投稿の真偽を事前に検証することが現実的に困難であるためです。

2.3 なぜGoogleが真実性を証明しないのか?

  • Googleは投稿者ではなく、プラットフォームとして投稿をホストする役割です。投稿内容の真偽を把握するのは困難であり、すべての投稿の真実性を検証する責任を課すと、プラットフォーム運営が事実上不可能になります。
  • 日本の法律では、名誉毴損の被害を受けた者が「被害を受けた事実」と「投稿内容が虚偽であること」を立証することで、プラットフォームに削除や損害賠償を求める仕組みです。
  • 逆に、投稿者が「内容が真実であり、公益目的である」と主張する場合、その証明責任は投稿者側(またはそれを援用するGoogle側)に移ります。本件では、Googleが真実性を積極的に主張しなかったため、原告が虚偽性を立証する流れとなりました。

3. プラットフォームの管理責任への疑問

「Googleが書き込みを管理している以上、真実性を証明すべき」との視点は、プラットフォームの社会的影響力や情報管理責任を重視する立場として合理的です。この点について、以下の観点から考察します

3.1 プラットフォームの責任強化の議論

  • グーグルマップやSNSの口コミの影響力が増す中、悪質な投稿による被害が増加しています。プラットフォームに積極的なコンテンツ管理責任を求める声が国内外で高まっています。例として、EUの「デジタルサービス法(DSA)」では、違法コンテンツの迅速な削除義務を課しています。
  • 日本でも、総務省の「違法・有害情報相談センター」にグーグルマップに関する苦情が増加(2020年度103件→2022年度180件)。2024年4月には、医師63人がGoogleを提訴するなど、プラットフォームの責任を問う動きが活発化しています。
  • 現行の日本の法律では、プラットフォームは「中立的な場を提供する者」とされ、投稿内容の真偽を積極的に検証する義務は課されていません。Googleが削除依頼に応じなかった場合、裁判で違法性が認められれば削除命令が出る仕組みです。

3.2 実務上の課題

  • Googleがすべての口コミの真実性を証明する責任を負うと、膨大な投稿を逐一検証する必要が生じ、サービスの運営が非現実的になります。
  • 真実性の判断には医療記録や証人など、Googleがアクセスできない情報が必要な場合が多く、プラットフォームにその負担を課すのは難しいのが現状です。
  • そのため、被害を受けた原告が「虚偽であること」を証明する方が、法的・実際的に合理的とされています。

4. 本件への適用と今後の展望

4.1 本件の判断

  • 原告(歯科医院)が「適切な診療手順を踏んでいた」ことを立証し、口コミ内容が虚偽であると認められました。これにより、Googleに削除義務が生じ、投稿削除が命じられました。
  • 高裁が「原告が真実でないことを証明する必要がある」としたのは、日本の法律実務に基づくもので、Googleが真実性を証明する責任を負う枠組みにはなっていません。

4.2 今後の可能性

  • 「プラットフォームが真実性を証明すべき」との考えは、将来的な法改正や判例の変化につながる可能性があります。グーグルマップの影響力の大きさを背景に、事前のコンテンツ監視や削除基準の明確化を求める声が強まれば、責任の分配が変わるかもしれません。
  • X上の投稿でも「口コミの悪用を防ぐ良い方法が必要」「Googleの口コミは信頼性が低い」といった意見が見られ、プラットフォームの管理責任に対する不満が広がっています。

結論

東京高裁の判決は、現行の日本の法律実務に基づき、名誉毴損の被害を受けた原告が「投稿内容が真実でないこと」を証明する責任を負うとしたものです。「Googleが真実性を証明すべき」との考えは、プラットフォームの社会的責任を重視する視点として理解できますが、現在の法体系では採用されていません。ただし、口コミによる被害の増加や社会的な議論の高まりを受け、将来的にプラットフォームの責任が強化される可能性はあります。

プラットフォーム責任の再考が必要

グーグルマップの口コミによる名誉毀損が問題となり、東京高裁が2025年7月23日にGoogleに投稿削除を命じた判決が注目されています。しかし、虚偽の口コミ一つを削除するために被害者が多大な手間を強いられる現状や、Googleが「管理しているプラットフォーム」にもかかわらず責任をほとんど負わない状況は異常です。「誰かが書いたから調べられない」という言い分は、虚偽の情報を流布するプラットフォームとしての責任を免れるものとして受け入れがたいものです。以下では、この問題の背景と、Googleの責任を問い、根底から法体系を見直すべき理由を詳しく解説します。

1. 虚偽の口コミ削除にかかる異常な負担

グーグルマップの口コミによる名誉毀損の被害を受けた場合、被害者が投稿の削除を求めるには、以下のような複雑なプロセスを踏む必要があります

  • 名誉毀損の立証:被害者は、口コミが「公然と事実を摘示し、社会的評価を下げる」内容であることを証明しなければなりません。これには、具体的な証拠(例:診療記録や証人)が必要で、時間とコストがかかります。
  • 虚偽性の立証:日本の法律実務では、被害者が「口コミ内容が真実でないこと」を立証する責任を負います。たとえば、医療機関の場合、適切な診療手順を踏んでいたことを詳細に示す必要があります。
  • 裁判手続き:Googleが自主的に削除に応じない場合、被害者は訴訟を提起し、裁判で名誉毀損の成立を認めさせる必要があります。これには弁護士費用や長期間の法廷闘争が伴います。

たかが虚偽の口コミ一つを削除するために、被害者がこれほどの負担を強いられるのは異常です。個人や中小企業にとって、このプロセスは経済的・精神的な負担が大きく、不当な状況と言えます。

2. Googleの管理責任:なぜ「調べられない」は通じないのか?

Googleはグーグルマップという巨大なプラットフォームを運営し、口コミ機能を積極的に提供しています。このプラットフォームは、消費者の意思決定に大きな影響を与え、企業や個人の評判を左右します。それにもかかわらず、Googleが「第三者が書いた内容だから真偽を調べられない」と主張し、責任を免れる現状はおかしいと考えるべきです。以下はその理由です

  • プラットフォームの管理責任:Googleは口コミを公開する場を提供し、その内容が広く拡散される仕組みを構築しています。虚偽の情報が流布されることで被害が生じている以上、プラットフォームとして責任を負うべきです。「誰かが書いたから」と責任を転嫁するのは、情報社会における影響力を無視した姿勢です。
  • 技術的可能性:少なくとも投稿者には身分証明書などの個人情報の提出を必須にするなど書き込みに対して責任を持たせる事は可能で今の状態は、技術的・経済的リソースを持つ巨大企業として不誠実です。
  • 虚偽情報流布の責任:虚偽の口コミが名誉毀損や営業妨害を引き起こす場合、Googleはそれを放置することで間接的に被害を拡大させています。民法上、不法行為責任(709条)やプロバイダ責任制限法に基づき、プラットフォームにも一定の責任を課すべきです。

3. 書き込み者の責任とGoogleの責任のバランス

もちろん、虚偽の口コミを投稿した本人が最も責任を負うべきです。名誉毀損罪(刑法230条)や損害賠償責任(民法709条)は、投稿者に直接適用されます。しかし、投稿者が匿名の場合や特定が困難な場合、被害者は実質的に救済を受けられません。この点で、Googleの責任を無視するのは不合理です

  • 投稿者の特定困難性:グーグルマップの口コミは匿名や偽名で投稿可能であり、被害者が投稿者を特定するには別途の法的措置(発信者情報開示請求)が必要です。これもまた時間とコストがかかります。
  • Googleの役割:Googleは投稿を公開し、検索結果やマップ上に表示することで、その影響力を増幅させています。投稿者の責任を追及するだけでなく、プラットフォームとして虚偽情報の拡散を防ぐ責任を負うべきです。
  • 社会的影響力:グーグルマップの口コミは、消費者の信頼性判断に大きな影響を与えます。虚偽の口コミが放置されることで、企業や個人の評判が不当に損なわれ、経済的損失や精神的苦痛が生じます。この責任の一端は、プラットフォームにも帰属するはずです。

4. 現行法の限界と根底からの見直しの必要性

現行の日本の法律では、プラットフォームの責任は限定的であり、Googleが虚偽の口コミの真偽を検証する義務はほとんどありません。この枠組みは、現代の情報社会にそぐわないもので、根底から見直す必要があります。以下の点で改革が求められます

  • プラットフォームの積極的責任:Googleのようなプラットフォームに、虚偽の口コミを検知・削除する積極的な義務を課すべきです。たとえば、EUの「デジタルサービス法(DSA)」では、プラットフォームに違法コンテンツの迅速な削除義務を課しており、日本でも同様の法整備が求められます。
  • 証明責任の転換:現在の「被害者が虚偽性を証明する」枠組みを改め、プラットフォームが「投稿内容が真実である」ことを証明する責任を負う制度を検討すべきです。これにより、被害者の負担が軽減され、プラットフォームのコンテンツ管理が強化されます。
  • 事前監視の強化:GoogleはAIやモデレーション技術を活用し、悪意のある口コミや虚偽の可能性が高い投稿を事前にフィルタリングする仕組みを導入すべきです。完全な事前検証は困難でも、明らかな名誉毀損リスクを軽減する努力は可能です。
  • 被害者救済の簡素化:口コミ削除や投稿者特定の手続きを簡素化し、被害者が迅速に救済を受けられる制度が必要です。たとえば、専用の紛争解決機関や簡易な削除依頼窓口の設置が考えられます。
  • 個人情報の提出を必須化:口コミを投稿する人には身分証明書などの個人情報などの提出を必須にし、書き込みに対しては責任を負わせる事は現状でも可能です

5. 社会的な議論と今後の展望

グーグルマップの口コミ問題は、デジタル社会における情報管理のあり方を問う重要なテーマです。以下のような動きが、今後の法改正や社会的な変化につながる可能性があります

  • 被害の増加:グーグルマップの口コミによる名誉毀損や営業妨害の被害が増加しており、総務省の「違法・有害情報相談センター」への苦情も増えています(2020年度103件→2022年度180件)。2024年には医師63人がGoogleを提訴するなど、問題の深刻さが顕在化しています。
  • 社会的圧力:SNS上では「口コミの悪用を防ぐ方法が必要」「Googleの口コミは信頼性が低い」といった声が広がっており、プラットフォームの責任強化を求める意見が高まっています。
  • 国際的な動向:EUや他国でのプラットフォーム規制強化の流れが、日本にも影響を与える可能性があります。Googleがグローバル企業である以上、日本でも国際基準に合わせた責任の明確化が求められるでしょう。

結論

たかが虚偽の口コミ一つを削除するために被害者が膨大な負担を強いられる現状は、明らかに異常です。Googleが「誰かが書いたから調べられない」と主張し、責任を免れるのは、虚偽の情報を流布するプラットフォームとしての役割を無視したものです。投稿者の責任が最も重いのは当然ですが、Googleにも管理責任を課すべきです。現行の法体系ではプラットフォームの責任が限定的であるため、証明責任の転換、事前監視の強化、被害者救済の簡素化など、根底からの見直しが急務です。デジタル社会の公平性と信頼性を確保するため、プラットフォームの責任を明確化する法改正や社会的な議論が今後さらに進むべきです。