フジテレビが港浩一前社長と大多亮元専務を提訴:経営者の損害賠償責任について解説

フジテレビが港浩一前社長と大多亮元専務を提訴
経営者の損害賠償責任:会社法に基づく責任追及の概要

フジテレビが港浩一前社長と大多亮元専務を提訴:50億円の損害賠償請求

フジ・メディア・ホールディングス(FMH)は2025年8月28日、傘下のフジテレビジョンが港浩一前社長と大多亮元専務に対し、50億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起したと発表しました。この訴訟は、元タレントの中居正広氏と元女性アナウンサーの間に起きた人権問題を巡る一連の対応の不備によるものです。以下、詳細を解説します。

訴訟の背景:中居正広氏を巡る人権問題

フジテレビの第三者委員会は、2023年6月に中居正広氏が元女性アナウンサーに対し、業務の延長線上で性暴力を行ったと認定しました。この問題で、港前社長と大多元専務が適切な対応を怠ったことが、フジテレビに多大な損害をもたらしたとされています。具体的には、以下の点が問題視されました

  • 事実関係の調査や専門家への相談、対策チームの設置など、取締役として求められる「善管注意義務」を怠った。
  • 問題を「男女間のプライベートなトラブル」と誤認し、コンプライアンス推進室への情報共有を怠った。
  • 中居氏の番組起用を継続し、適切な検証を行わなかった。

これらの対応の不備により、フジテレビは広告主からのCM出稿停止などにより、2025年6月30日までに約453億円の損害を被ったと算出されています。今回の訴訟では、その一部である50億円の賠償を両氏に連帯して求めています。

提訴に至る経緯と責任追及

フジテレビは2025年6月5日、監査役が外部の独立した弁護士を選任し、港氏と大多氏の法的責任を調査した結果、会社法に基づき訴訟準備に入ると発表していました。この調査では、両氏の対応が「善管注意義務違反」に該当すると判断され、法的責任追及の必要性が認められました。清水賢治社長は同日の記者会見で、「具体的な訴訟内容は未定」としながらも、損害賠償請求を視野に入れていると述べていました。

港氏は2025年1月に一連の問題の責任を取り社長を辞任、大多氏は2024年6月にフジテレビ専務から関西テレビ放送社長に就任したものの、2025年4月に辞任しています。この訴訟は、フジテレビが旧経営陣との決別を図り、ガバナンス改革を進める姿勢を明確にするための重要な一歩とされています。

関連する懲戒処分とガバナンス改革

提訴方針の発表と同時に、フジテレビは問題に関与した社員5人に対する懲戒処分も公表しました。特に、元編成部長は中居氏の依頼で被害女性に見舞金100万円を届けるなど「二次加害」と評価される行為を行ったとして、4段階の降職と1カ月の懲戒休職処分を受けました。その他、編成制作局長(減俸50%)、人事局長(戒告)などが処分対象となりました。

フジテレビは再発防止策として、アナウンス局を社長直下のコーポレート本部内に移す組織再編や、コンプライアンス強化策を進めています。これらの取り組みは、企業風土の改善と放送業界の信頼回復を目指すものです。

今後の焦点と影響

この訴訟は、フジテレビの株主総会(2025年6月25日開催)に向けた動きとも関連しています。大株主である投資ファンドが独自の取締役候補を提案するなど、経営陣への圧力が高まる中、今回の提訴は旧体制との決別をアピールする狙いもあると指摘されています。

フジテレビは、損害がさらに拡大した場合、請求額を増額する可能性も示唆しています。放送収入の減少やCM出稿停止の影響が続く中、今回の訴訟がフジテレビの信頼回復と経営再建にどう影響するかが、今後の焦点となります。

経営者の損害賠償責任:会社法に基づく責任追及の概要

経営者(取締役や執行役など)が会社の損害を引き起こした場合、会社法に基づき損害賠償責任を問われることがあります。フジテレビが港浩一前社長と大多亮元専務を提訴したケース(50億円の損害賠償請求)のように、こうした責任追及は注目を集めますが、実際にはどの程度一般的なのでしょうか。以下で、その背景や頻度、事例を解説します。

会社法における経営者の責任

日本の会社法(特に第423条)では、取締役が「職務を行うについて悪意または重大な過失があったとき」に、会社に対して損害賠償責任を負うと定めています。この「善管注意義務違反」や「忠実義務違反」が認められる場合、会社は取締役個人に対し賠償請求を行うことが可能です。具体的には以下のようなケースが対象となります

  • 違法行為や不適切な意思決定による損害(例:不正会計、違法な取引)。
  • 適切なリスク管理を怠ったことによる損失(例:コンプライアンス違反への対応不足)。
  • 会社資産の私的流用や背任行為。

フジテレビのケースでは、港氏と大多氏が中居正広氏を巡る人権問題への対応を怠り、広告収入の減少や企業イメージの毀損を引き起こしたとして、善管注意義務違反が問われています。

経営者への損害賠償請求の頻度

経営者に対する損害賠償請求は、理論的には会社法で認められているものの、実際に提訴に至るケースは多くありません。理由としては以下が挙げられます

  • 立証の難しさ:善管注意義務違反や損害の因果関係を証明するには、具体的な証拠や第三者委員会の調査報告などが必要で、準備に時間とコストがかかります。
  • 社内政治やイメージの問題:内部の対立が公になることで、株主や取引先の信頼をさらに失うリスクがあるため、企業は慎重に訴訟を検討します。
  • 保険や免責制度:多くの企業では、取締役の賠償責任をカバーするD&O保険(役員賠償責任保険)を契約しており、訴訟よりも保険で処理されるケースが多いです。また、定款で責任の一部免除を定めている企業も存在します。

日本では、株主代表訴訟(会社法847条)を通じて株主が経営者の責任を追及するケースの方が、会社自身が提訴するケースよりやや一般的です。例えば、東芝の不正会計問題(2015年)では、元経営陣が株主代表訴訟で提訴され、賠償命令が出されました。

代表的な事例と傾向

経営者への損害賠償請求の事例としては、以下のようなケースがあります

  • オリンパス事件(2011年):過去の損失隠しに関与した取締役に対し、会社が損害賠償を請求。第三者委員会の調査を基に、数十億円規模の賠償責任が認められた。
  • LIXILグループ(2019年):不適切な経営判断による損失を理由に、元社長が株主代表訴訟で提訴された。最終的に和解が成立。
  • フジテレビ(2025年):前述の通り、中居正広氏の問題への対応不備で、港前社長と大多元専務に対し50億円の賠償請求が提起された。

近年、コーポレートガバナンスの強化が求められる中、経営者の責任追及は増加傾向にあります。特に、上場企業では株主や投資ファンドの監視が厳しくなり、ガバナンス不全が発覚した場合に訴訟に至るケースが増えています。

フジテレビケースの特異性と今後の影響

フジテレビのケースは、人権問題への対応不備という比較的新しいタイプの責任追及であり、広告収入の大幅な減少という明確な損害額(453億円と算出)を背景にしている点で注目されます。この訴訟が成功すれば、他の企業でも同様のコンプライアンス違反に対する責任追及が活発化する可能性があります。一方で、訴訟が「ガバナンス改革のポーズ」に終わるリスクも議論されています

結論として、経営者への損害賠償請求は会社法上認められているものの、立証の難しさや企業イメージへの影響から頻繁には行われません。ただし、ガバナンス意識の高まりや株主の圧力により、今後この種の訴訟が増える可能性は高いといえます。