高市政権の「積極財政」:円安インフレと国債依存の罠

高市政権「責任ある積極財政」:21.3兆円規模の経済対策と所得減税の全貌

2025年後半、高市政権はデフレ完全脱却に向けた「責任ある積極財政」を旗印に、大規模な経済対策を始動させました。その中心となるのが、家計の購買力を直接的に下支えする所得減税政策です。

所得減税の具体策:1人あたり最大4万円の家計支援

高市政権は、物価高に苦しむ現役世代および低所得者層への支援として、所得税・住民税を合わせて1人あたり2万円から4万円程度の減税を実施しています。これは、一時的な給付金よりも「手取り額の増加」を実感させることで、冷え込んだ消費マインドを劇的に改善させることを狙ったものです。政府試算によれば、この減税を含む経済対策全体で、実質GDPを約0.6%程度押し上げる効果が見込まれています。

財源の裏側:拡大する国債依存と財政の持続可能性

この大規模対策を支えるのは、2025年度補正予算案の一般会計歳出17.7兆円、真水部分で21.3兆円という巨額の財政出動です。しかし、その舞台裏では財政の持続可能性に対する懸念が根強く残っています。

債務残高対GDP比205%:PB目標凍結の是非

高市政権は、プライマリーバランス(PB)の黒字化目標を事実上凍結し、防衛力強化やGX(グリーントランスフォーメーション)投資、さらには「こども家庭庁」関連の施策に公債を充当しています。税収の上振れ分(約2.4兆円)を上回る不足分を赤字国債で補う構造となっており、国・地方の公債等残高対GDP比は205%と依然として先進国で最悪の水準にあります。市場からは、この「国債依存型」の財政運営が長期金利の上昇を招くリスクが指摘されています。

「積極財政」が招く円安・インフレの負のループ

高市政権の財政政策が直面している最大の壁は、為替市場への影響です。積極的な財政出動が、皮肉にも国民を苦しめる「悪い円安」を助長しているという分析が広がっています。

輸入インフレを加速させる「実質債務増加」のメカニズム

経済学的な分析によれば、実質政府債務残高が1%増加すると、約1年後に実質実効為替レートが0.9%程度円安方向に振れるという相関が示されています。減税のために国債発行を増やせば増やすほど、輸入物価が上昇し、結果として減税による購買力向上のメリットがインフレによって相殺されてしまう「政策の矛盾」が議論の的となっています。

物価高対策の目玉「おこめ券」導入と現場の混迷

高市政権の独自施策として注目を集めているのが、重点支援地方交付金を活用した「おこめ券」の配布推奨です。米価高騰への直接的な対策として打ち出されましたが、その実効性には疑問の声も上がっています。

JA全農との連携と「事務経費」への厳しい批判

おこめ券は、実質440円相当の利用が可能ですが、発行・流通にあたって手数料が発生します。自治体関係者からは「現金給付に比べて事務経費が膨大になり、効率が悪い」との不満が漏れており、実際に配布を見送る自治体も現れています。また、おこめ券による強制的な需要喚起が、さらなる米価高騰を招くという本末転倒な事態も懸念されています。

さらに、米価高騰の本質的な家計負担を考えると、このような対策の限界がより鮮明になります。一人当たりの年間米消費量を約50kgと仮定した場合、5kg袋の価格が従来の2,000円から5,000円へ急騰すれば、年間で必要な米10袋分の負担増は単純計算で3万円に達します。米だけでこれだけの追加負担が生じている中で、所得税・住民税減税の最大4万円では、他の食料品やエネルギー価格の上昇も含めた全体的な物価高をカバーするには到底不十分であり、多くの家計では減税の恩恵をほとんど実感できないのが実情です。

総括:高市政権の経済政策は「処方箋」か「劇薬」か

2025年12月現在、高市政権の経済対策は、短期的な景気下支えには成功しているものの、中長期的な円安リスクと財政悪化という副作用を抱えています。とりわけ、米価高騰のような具体的な生活必需品の値上がりによる家計圧迫(米だけで一人当たり年間3万円超の負担増)を前に、最大4万円の減税では相殺しきれず、国民の多くが「恩恵を感じられない」というのが現実です。新型コロナ対策時のような「緊急避難的」な国債発行とは異なり、現在は「構造的な輸入インフレ」への対応が求められています。減税やおこめ券といったバラマキに近い手法が、日本の潜在成長率を本当に引き上げるのか、あるいは円安を加速させて国民生活をさらに圧迫するのか。その正否は、2026年度の物価動向と金利水準に委ねられています。