マッチングアプリ「独身偽装」に賠償命令の概要、貞操権侵害を認定

マッチングアプリでの「独身偽装」事件:東京地裁が男性に賠償命令

2025年12月8日、東京地方裁判所は、マッチングアプリで独身であることを偽った男性に対し、女性の貞操権侵害を認定し、約151万円の損害賠償を命じる判決を言い渡しました。この判決は、現代の婚活ツールを利用した詐欺的行為に対する司法の姿勢を示す重要な事例です。以下では、事件の詳細を基に、背景から判決内容までを詳述します。

事件の背景

原告の女性は、外資系企業に勤める会社員で、2023年に人気のマッチングアプリを利用して真剣な交際相手を探していました。彼女のプロフィールには、「既婚者お断り」と明確に記載されており、婚姻歴の確認を重視する姿勢を表していました。一方、被告の男性は、大手広告会社に勤務する既婚者でしたが、アプリ上で独身であると偽り、女性とマッチングに成功しました。

両者はアプリを通じて連絡を取り合い、短期間で交際を開始。約4ヶ月間にわたり、デートを重ね、性的関係にも及びました。女性は男性の真剣な態度を信じ、将来の結婚を視野に入れた関係を築いていましたが、男性の既婚事実が発覚したことで、深刻な精神的苦痛を被りました。この事実発覚後、女性は男性に対し、損害賠償として約780万円を請求する訴訟を東京地裁に提起しました。

裁判の経緯

訴訟では、女性側が男性の既婚隠蔽を「詐欺行為」として主張し、精神的損害の補償を求めました。具体的には、慰謝料、治療費、弁護士費用、交通費などの項目が挙げられました。男性側は、結婚の意思がなかったことや、女性の損害が過大であると反論しましたが、裁判所は女性の主張を認めました。

審理の過程で、裁判所はマッチングアプリの特性を考慮。アプリ利用者はプロフィールの自己申告を基に信頼関係を築くため、意図的な虚偽は重大な信頼侵害になると判断しました。また、女性の法廷での陳述では、発覚後の自責の念や人間不信が強調され、被害の深刻さが浮き彫りになりました。

判決の内容

東京地裁の河原崇人裁判官は、判決で以下の点を認定しました。まず、男性が既婚であることを意図的に隠蔽した行為は、相手の性的自己決定権である「貞操権」の侵害に該当するとしました。これにより、女性の性的関係の選択が詐欺によって歪められたと見なされました。

賠償額は総額約151万円で、内訳は慰謝料100万円、弁護士費用40万円、その他実費11万円です。この額は、女性の請求額を下回るものの、精神的苦痛の程度を考慮した妥当な水準とされました。判決は、男性に対し即時支払いを命じています。

貞操権とは何か:本判決で示された考え方

判決は、貞操権(性的自己決定権)を以下のように定義・適用しました。

  • 貞操権は「誰と性的関係を持つか」を自由に決定する人格権であり、憲法13条(幸福追求権)がその根拠となる
  • 既婚であることを意図的に隠して性的関係に至った場合、相手は「真実を知っていれば同意しなかった」可能性が高く、詐欺による同意は有効な同意とは言えない
  • 結果として、不同意性交等罪(刑法177条)の民事版とも言える形で貞操権侵害が認定された
  • 従来の判例では、貞操権侵害は「強制力の行使」や「心神喪失状態」が要件とされることが多かったが、本件では「重要な事実の虚偽表示」だけで侵害が成立するとした点が画期的

判決の意義と今後の影響

この判決は、マッチングアプリにおける「独身偽装」の法的責任を明確にした点で注目されます。従来、こうした被害は民事上の慰謝料請求が主でしたが、貞操権侵害の認定により、被害者の保護が強化されました。アプリ運営者側にも、利用者情報の正確性確認を促す可能性があります。

一方、被害者支援の観点から、判決は「独身偽装被害者」が社会的に責められやすい状況を指摘。女性の法廷証言のように、被害者が自己を責めるケースが多い中、司法の理解を示す一歩となりました。将来的に、同様の訴訟が増加する中、予防のための啓発活動が求められるでしょう