モンタルビーニの洞窟隔離実験の概要

モンタルビーニの洞窟隔離実験の概要

マウリツィオ・モンタルビーニ(Maurizio Montalbini, 1953–2009)は、イタリアの社会学者・洞窟探検家であり、外部からの時間情報(太陽光、時計、社会的接触)が遮断された環境における「時間隔離実験(Time isolation experiment)」の先駆者です。彼は自身の身体を用いた長期滞在実験を行うとともに、他者の実験もコーディネートし、そのデータは長期宇宙滞在や潜水艦勤務など、閉鎖環境における人間工学の研究資料として活用されました。

主な実験と実績

1986-1987年:フラサッシ洞窟(Frasassi Caves)

  • 期間:210日間
  • 概要:単独での地下滞在を行い、当時の世界記録を更新。長期隔離が人体に及ぼすベースラインデータを収集しました。

1988年:グループ隔離実験

  • 期間:48日間
  • 被験者:男女計14名
  • 観察事項:集団生活におけるリズムの同調が焦点となりました。当時、女性被験者の月経周期の同期が報告されましたが、この現象(いわゆるマクリントック効果)の普遍性については、後の統計学的研究により科学的な議論が続いています。

1989年:ステファニア・フォッリーニ(Stefania Follini)の実験

  • 期間:130日間
  • 場所:米国ニューメキシコ州 ロスト・ケーブ(Lost Cave)
  • 概要:イタリアのパイオニア・フロンティア社が主催し、モンタルビーニが監修。NASA(米航空宇宙局)の研究者もデータ分析に関心を寄せ、長期宇宙飛行のシミュレーション・モデルとして注目されました。
  • 主な結果
    • 時間知覚の乖離:退出時、本人は「3月中旬(約2ヶ月経過)」と認識しており、実経過時間の約半分程度しか知覚していなかったことが判明しました。
    • 生理機能の変化:月経の停止、および約10kgの体重減少が確認されました。
    • 概日リズムの変容:睡眠・覚醒サイクルが次第に長くなり、最終的に「活動約30~36時間+睡眠約10~14時間」という、48時間に近いサイクルへ自然移行しました。

1992-1993年:ネローネ洞窟(Grotte di Nerone)

  • 期間:366日間
  • 概要:1年間に及ぶ長期滞在。終了時、本人は「まだ6月(開始から約半年)」であると認識しており、長期化するほど時間感覚の過小評価が顕著になる傾向が示されました。

2006-2007年:グロッタ・フレッダ(Grotta Fredda)

  • 期間:235日間
  • 概要:当初3年以上の計画でしたが、モンタルビーニ自身の体調や精神的限界(「太陽の光が必要だ」との訴え)により早期終了しました。

科学的知見と現代的評価

1. 概日リズムのフリーランニング(Free-running)

外部の時間的指標(Zeitgeber)がない環境下では、人間の体内時計は24時間を超える周期(25時間程度、あるいはそれ以上)で推移することが多くの実験で示されています。特にフォッリーニの事例で見られた「48時間周期(約2日を1日として活動する)」は、人間が環境に合わせて極端なリズム適応を起こす可能性を示す重要な事例として引用されています。

2. 時間知覚の顕著な歪み

隔離期間が長期化するにつれ、被験者が主観的に感じる「1日」の長さは実時間よりも長くなる傾向があります。その結果、経過日数を実際よりも大幅に少なく見積もる現象(時間的過小評価)が高い再現性をもって確認されています。

3. 生理機能への影響(月経停止の要因)

フォッリーニの実験で月経が停止した点については、光周期の欠如が視交叉上核(SCN)を通じたホルモン分泌に影響した可能性に加え、「極度の孤独ストレス」「栄養状態の変化(大幅な体重減少)」といった複合的な要因が指摘されています。光の欠如だけが直接の原因であると断定するには慎重な解釈が必要です(なお、周期は地上復帰後に回復しています)。

4. 心理的・身体的適応

多くの被験者が実験中には予想以上の精神的安定を保ちましたが、地上復帰直後には感覚過敏や社会再適応の困難さが観察されました。また、ビタミンD不足による骨代謝への影響や免疫系の変動も確認されており、これらは現在の有人火星探査計画における健康管理プロトコル策定の基礎データの一つとなっています。