知床沖観光船沈没事故 初公判で社長が無罪主張、 業務上過失致死罪と今後の争点

知床沖観光船沈没事故の概要

2022年4月23日、北海道知床半島沖で有限会社知床遊覧船が運航する観光船「KAZU I(カズワン)」が沈没し、乗客と乗員あわせて26人が死亡または行方不明となった大規模な事故が発生しました。この事故は、観光シーズン初日の出航時に急激な天候悪化が原因とされ、乗船者には国内外の観光客が多く含まれていました。事故後、運航会社の安全管理体制や出航判断の妥当性が厳しく問われ、2024年10月に運航会社社長の桂田精一被告が業務上過失致死罪で起訴されました。初公判は2025年11月12日に釧路地方裁判所で開かれ、被告側は無罪を主張しています。

事故の経緯

事故船は知床半島西海岸沖を航行中、午前中に海象が急変し、船体に浸水が発生。乗員からの無線通信では「沈む、沈む、沈む」といった緊迫した声が記録されており、約50分間の水中カメラ映像からも沈没の様子が確認されています。死亡確認されたのは20人、行方不明者は6人で、遺族らは運航会社の責任を追及する民事訴訟も提起しています。国土交通省の調査報告書では、船の老朽化と十分な安全確認の欠如が指摘されています。

初公判での運航会社社長側の無罪主張

2025年11月12日、釧路地裁で開かれた初公判では、桂田精一被告(62)に対し、検察側が業務上過失致死罪の適用を主張。一方、弁護側は起訴内容を全面否認し、無罪を主張しました。被告本人は「私には起訴状の罪が成立するかわからない」と述べ、認否を留保する姿勢を示しました。公判前整理手続き後、弁護人は「事故の予見可能性がなかった」として、無罪主張の方針を明らかにしていました。

被告側の主張の詳細

被告側によると、当日の朝、船長から「海が荒れる前に引き返す」との説明を受け、出航を許可したとされています。桂田被告は弁護士を通じて「裁判で誠実に説明する」とのコメントを発表し、家族ら犠牲者へのおわびの意を表明。弁護側は、社長が船上ではなく陸上にいたため、直接的な操縦責任はないとして、刑事責任の成立を疑問視しています。この主張は、事故の予見可能性を否定する核心部分をなしています。

業務上過失致死罪とは

業務上過失致死罪は、日本の刑法第211条前段に規定される犯罪で、業務に付随する過失により人を死亡させた場合に成立します。罰則は5年以下の懲役または禁錮、または100万円以下の罰金です。この罪は、単なる過失致死罪(刑法第210条)と異なり、業務上の注意義務違反が要件となります。業務とは、反復継続的に行われる職業活動を指し、観光船運航のように他者の生命・身体に危険を及ぼす可能性が高い場合に適用されます。

成立要件の詳細

成立には以下の要素が必要です。第一に「業務上」の過失、すなわち業務遂行中に必要な注意を怠ったこと。第二にその過失が死亡の原因となった因果関係。第三に過失の予見可能性、つまり合理的な注意を払っていれば事故を予見できたかです。判例(大審院大正2年11月24日判決)では、複数の死亡者を一つの過失行為で生じた場合、観念的競合として扱われます。交通事故や医療ミスなどで頻発する罪ですが、本件のように管理責任者が問われるケースも含まれます。

今後の争点

本裁判の審理は2026年6月の判決見込みで、主に事故の予見可能性を中心に争われる見通しです。検察側は「沈没を予見できた」と主張し、運航会社の安全管理体制の不備を強調。一方、被告側は出航判断の合理性を主張し、無罪を求めています。並行して進行中の民事訴訟では、損害賠償額の算定も焦点です。

主な争点のポイント

  • 予見可能性の有無: 検察は、天候予報や過去の類似事例から沈没リスクを予見可能だったと主張。被告側は船長の判断を信頼した結果として、社長の過失を否定。
  • 業務上の注意義務違反: 船の老朽化対策や乗員教育の不足が争点。国土交通省報告書に基づき、検察が責任を追及。
  • 因果関係: 出航許可が直接的な死亡原因か。被告が陸上にいた点が、責任の範囲を巡る論点。
  • 民事・刑事の連動: 遺族11人による15億円超の損害賠償請求裁判では、意見陳述が相次ぎ、刑事判決が影響を与える可能性。

これらの争点は、観光業の安全基準強化に向けた議論を喚起するものとして注目されています。