中国駐大阪総領事の過激投稿と日本政府の対応、 処罰されない理由をウィーン条約で徹底解説

中国駐大阪総領事の過激投稿と日本政府の対応
一般人が同様の投稿をした場合の法的扱い
外交官・領事官の特権を定めるウィーン条約とは

中国駐大阪総領事の過激投稿と日本政府の対応

2025年11月8日深夜、中国の薛剣(せつけん)駐大阪総領事が自身のX(旧Twitter)アカウントで、高市早苗首相に対する過激な表現の投稿を行い、大きな波紋を呼びました。この投稿は、高市首相が7日の衆院予算委員会で台湾有事について「存立危機事態になり得る」と答弁した内容を報じた朝日新聞の記事を引用したものでした。

投稿の内容と即時削除

薛総領事は、記事を引用し「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟ができているのか」と書き込み、怒り顔の絵文字を添えました。この表現は、首相の首を斬るという明確な暴力的な脅迫を示唆するもので、投稿後すぐに拡散されましたが、9日までに削除されました。産経新聞など複数メディアが事実を確認しようとしましたが、大阪総領事館は応答しませんでした。

高市首相の台湾有事答弁の背景

高市首相は衆院予算委員会で、中国による台湾の海上封鎖が発生し米軍の来援を防ぐために武力行使が行われる場合、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」に該当し得ると説明しました。これに対し薛総領事は、台湾問題を「中国の内政」と主張し、日本側の介入を強く非難する形で反応しました。薛氏は削除後も「『台湾有事は日本有事』は死の道だ」との投稿を続けています。

日本政府の厳重抗議

日本政府は10日、外交ルートを通じて中国側に厳重抗議しました。外務省は投稿を「外交官として極めて不適切」と位置づけ、削除された後も波紋が広がっています。過去にも薛総領事は政府抗議で投稿を削除した経歴があり、今回が繰り返しとなる点も注目されています。

一般人が同様の投稿をした場合の法的扱い

このような「首を斬ってやる」といった表現は、日本国内で一般人が首相や公人に対してSNSに投稿した場合、刑法第222条の脅迫罪に該当する可能性が高いです。脅迫罪は「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫」した場合に成立し、2年以下の懲役または30万円以下の罰金が科されます。実際の逮捕事例では、著名人への殺害予告投稿で即時逮捕されるケースが複数確認されています。

外交官の刑事免責と不逮捕特権

一方、薛総領事は領事官として領事関係に関するウィーン条約に基づき、職務に関する行為について刑事裁判権からの免除が認められます。また、外交関係に関するウィーン条約では外交官に不逮捕特権と刑事免責が付与されており、領事官も一定の範囲で類似の保護を受けます。したがって、一般人であれば逮捕・起訴されるレベルの行為でも、総領事は日本国内で刑事責任を問われることはなく、逮捕もされません。これが外交特権の国際法上的根拠であり、受け入れ国は理由を示さず「好ましくない人物(ペルソナ・ノン・グラータ)」宣言で追放可能ですが、刑事罰は適用されません。

外交特権の限界と日本側の対応選択肢

特権は絶対的ですが、派遣国が免除を放棄しない限り刑事訴追は不可能です。過去の事例でも外交官の犯罪行為に対し、抗議や追放で対応されることが一般的です。今回のケースでは日本政府は抗議を選択しましたが、外交摩擦の深刻化を避けるための措置と見られます。

外交官・領事官の特権を定めるウィーン条約とは

外交官や領事官が受け入れる国で刑事責任を免れる根拠となるのが、国際法上の二つの条約です。これらは国際連合で採択され、日本を含むほとんどの国が批准しています。

外交関係に関するウィーン条約(1961年)

正式名称は「外交関係に関するウィーン条約」で、1961年4月18日に採択され、1964年に発効しました。この条約は大使・公使などの外交官に与えられる特権と免除を定めています。

主なポイントは以下の通りです。

  • 不逮捕特権(第29条):外交官はあらゆる形態の逮捕または拘禁から保護されます。
  • 刑事裁判権からの完全な免除(第31条1項):受け入れ国での刑事訴追から完全に免除されます。
  • 民事・行政裁判権からの免除(第31条1項):職務外の私的行為でも原則として免除されます(例外あり)。
  • 免除の放棄(第32条):派遣国が免除を放棄しない限り、受け入れ国は訴追できません。

この条約は大使館員やその家族に適用され、極めて強い保護を与えています。

領事関係に関するウィーン条約(1963年)

正式名称は「領事関係に関するウィーン条約」で、1963年4月24日に採択され、1967年に発効しました。総領事や領事など領事官の特権を定めています。

外交官ほどではないものの、以下の保護が与えられます。

  • 逮捕・拘禁からの保護(第41条):重罪の場合を除き、逮捕または拘禁されません。
  • 刑事裁判権からの免除(第43条)「公の職務上の行為」については刑事訴追が免除されます。
  • 証言義務の免除(第44条):職務に関する証言を強制されません。

重要なのは「公の職務上の行為」に限られる点です。私的な行為(例:交通事故、飲酒運転など)は免除されません。

中国駐大阪総領事の場合の適用

薛剣総領事は領事官ですので、領事関係に関するウィーン条約が適用されます。

問題の投稿が「台湾問題は中国の内政であり、日本の介入を非難する」という公的な立場に基づく発言と解釈される場合、「公の職務上の行為」とみなされ、刑事裁判権が免除されます。

一方で、個人としての感情的な過激表現と判断されれば免除の対象外となる可能性もありますが、実際には派遣国(中国)が免除を主張するため、日本側が刑事訴追することは極めて困難です。

受け入れ国が取れる現実的な対応

ウィーン条約は受け入れ国に以下の選択肢を与えています。

  • ペルソナ・ノン・グラータ宣言(外交官:第9条/領事官:第23条):理由を示さず「好ましくない人物」として国外退去を命じられます。
  • 外交ルートでの抗議:今回日本政府が選択した対応です。
  • 領事館の閉鎖要求:極めて強い措置ですが、条約上可能です。

刑事罰を科すことは事実上不可能であるため、抗議や追放が現実的な対応となります。

国際法上のバランス

ウィーン条約は外交・領事活動が円滑に行われることを目的としており、特権は「職務遂行のため」に限定されています。しかし実際には、私的な行為でも免除が主張されるケースが多く、受け入れ国が不利益を被る事例も発生しています。このギャップは国際社会で長年議論されていますが、条約改正には至っていません。