ガソリン税廃止で1.5兆円減収…都市部・車なし世帯は「恩恵ゼロ」?

ガソリン税の暫定税率廃止による減収額
この政策で一番恩恵を受ける人と企業
ガソリン税は今まで何に使われてきたのか
都市部・非車所有者への「ゼロ恩恵」問題
減収補填の具体策
「暫定税率廃止=負担ゼロ」ではない本質

ガソリン税の暫定税率廃止による減収額

ガソリン税は、揮発油税と地方揮発油税を合わせたもので、1リットルあたり53.8円が課されています。このうち、本来の税率(本則税率)は28.7円ですが、1974年に道路整備の財源確保を目的として導入された「暫定税率」25.1円が上乗せされているのが現状です。この暫定税率は「一時的な措置」とされながらも、半世紀以上にわたり維持されてきました。しかし、2025年10月31日、与野党6党による合意により、ガソリン税の暫定税率は2025年12月31日に廃止されることが決定されました。軽油引取税の暫定税率(17.1円)も2026年4月1日に廃止予定です。この政策は、物価高騰対策の目玉として位置づけられ、ガソリン価格の引き下げを通じて家計負担を軽減する狙いがあります。

全体の減収額

暫定税率の廃止により、国・地方合わせて年間約1.5兆円の税収減が見込まれています。内訳は、ガソリン税分で約1兆円、軽油引取税分で約5000億円です。この税収は、これまで道路整備や公共交通の維持、さらには一般財源として活用されてきました。廃止後、代替財源の確保が急務となりますが、合意文書では歳出削減や税外収入(例: 国有財産の売却)を活用し、年末までに法人税の租税特別措置の見直しや高所得者負担の強化を検討する方針です。安定的な財源については、道路インフラ保全の観点から今後1年程度で結論を出すとされています。ただし、財源先送りのリスクが高く、将来的に国債発行の増加や他の税負担のシフトを招く可能性もあります。

地方自治体への影響

地方財政への打撃も深刻です。政府の試算によると、暫定税率廃止による地方税収減は全体で5000億円を超え、特に自動車保有台数の多い都市部で影響が大きいです。例えば、愛知県では年間330億円、北海道では318億円の減収が見込まれ、100億円超の自治体は19都道府県に上ります。これらの地域では、道路補修や地方公共交通の補助金が圧迫され、住民サービスの低下を招く恐れがあります。政策実施にあたり、地方交付税の増額や一時的な税外収入で穴埋めする措置が講じられるものの、長期的な財政健全化策が求められます。

この政策で一番恩恵を受ける人と企業

一般消費者と自動車所有者

暫定税率廃止の最大の受益者は、日常的にガソリンを消費する一般消費者です。現在のレギュラーガソリン価格(補助金10円込みで約170円/L)から、廃止により実質15.1円安くなり、155円/L程度になると試算されます。家庭あたり年間のガソリン支出は、平均で約10,000円削減可能で、特に地方在住者や複数台所有世帯でその効果が顕著です。通勤や買い物に車を頼るサラリーマンや主婦層が主な恩恵を受け、物価高騰下での家計防衛に寄与します。また、消費税の二重課税問題(ガソリン税に消費税がかかる構造)も一部緩和され、全体的な生活費負担が軽減されます。ただし、価格変動の激しい原油市場では、恩恵の持続性が鍵となります。

運送業従事者と自営業ドライバー

ガソリン消費量の多い運送業従事者や軽貨物ドライバーは、廃止政策の「一番の勝者」と言えます。月間の燃料費が8,000〜9,000円削減され、年間10万円以上の節約が可能で、事業継続の余裕が生まれます。例えば、宅配便ドライバーやタクシー運転手は、燃料費の高騰が利益を圧迫していましたが、この減税により給与アップや設備投資の機会が増えます。全国の運送事業者約50万社が恩恵を受け、特に中小零細企業で競争力強化につながります。専門家からは「地方経済の活性化に直結する」との声が高まっており、政策の社会的インパクトは計り知れません。

運輸・物流企業

燃料費が売上高の10-20%を占める運輸・物流業界が、廃止の最大受益企業です。日本通運やヤマト運輸などの大手から、地元の中小トラック事業者まで、年間のコスト削減額は業界全体で数千億円規模に上ります。輸送費の低下は、EC需要の拡大に対応しやすく、価格競争力の向上を促します。特に、長距離輸送中心の企業では利益率が5%以上改善する可能性があり、新規雇用や車両更新の投資余力を生み出します。一方で、補助金終了後の価格安定化が課題ですが、全体としてサプライチェーンの効率化を加速させるでしょう。

製造業と小売業

原材料や商品の輸送コストが下がる製造業・小売業も大きな恩恵を受けます。自動車部品メーカーや食品加工業では、物流費の1-2%削減が製品価格の引き下げに直結し、消費者の購買意欲を刺激します。例えば、トヨタ自動車のような大手メーカーは、サプライヤー全体のコスト低減により競争力を高め、輸出競争力も向上します。小売チェーン(イオンやセブン-イレブン)では、在庫回転率の改善が見込まれ、利益率の回復に寄与します。この政策は、間接的に国内消費を活性化させる波及効果があり、GDP押し上げ要因としても注目されています。

ガソリン税暫定税率の廃止は、短期的な家計支援として歓迎される一方、税収減の穴埋めが今後の焦点です。政策の成功は、代替財源の確実な確保にかかっています。

ガソリン税は今まで何に使われてきたのか

歴史的背景:道路整備のための「暫定」措置

ガソリン税(揮発油税・地方揮発油税)の暫定税率は、1974年に高度経済成長期の道路整備を急ぐための「一時的な上乗せ」として導入されました。当初は道路特定財源として、道路建設・維持・補修に充てられていました。これにより、戦後復興から高速道路網の拡大まで、日本のインフラ基盤が急速に整備されたのです。

2009年以降の変化:一般財源化と多様な使途

2009年に道路特定財源制度が廃止され、ガソリン税は一般財源として扱われるようになりました。一般財源化により、税収の使途は柔軟化され、道路関連以外への充当が増加しています。財務省の資料(2023-2024年)によると、揮発油税・地方揮発油税の税収(年間約2.5兆円規模)は、予算編成を通じて以下のように配分されています。

現在の使途割合の内訳(2023-2024年度ベース)

一般財源化後、厳密な「割合」は予算案ごとに変動しますが、国土交通省・財務省の公開資料から推定される主な内訳は以下の通りです。全体の約60-70%が道路・インフラ関連に充てられ、残り30-40%が一般財政(教育、福祉、災害対策など)に回されています。これは、道路族議員の影響や地方交付税の配慮によるもので、たいていは道路・インフラ維持管理、公共交通・環境対策に使われており、道路関連が主流です。ただし、環境対策や福祉へのシフトが進んでおり、道路以外への割合は2009年以前の100%から増加傾向にあります。

使途カテゴリ 推定割合(%) 主な内容
道路・インフラ維持管理 約50-60% 道路補修、橋梁・トンネル耐震化、地方道路保全。暫定税率分も主にここに充当。
公共交通・環境対策 約10-15% バス・鉄道補助金、EV普及支援、CO2削減プロジェクト。環境省関連が増加中。
一般財政支出(教育・福祉・災害対策など) 約25-35% 地方交付税経由の教育・福祉、災害復旧基金。道路以外への回しが増え、全体の3割超。
その他(防災・地域振興) 約5-10% 総合的な公共サービス支援。

この内訳は、2023年度予算(財務省資料)に基づく推定値で、道路関連が依然として過半数を占めていますが、一般財源化により教育(学校施設整備)や福祉(高齢者支援)、災害対策(復興基金)への充当が拡大。たとえば、2024年度では地方交付税の約10%(約4兆円中の一部)がガソリン税由来とされ、これが都市部・地方の公共サービスを支えています。

単年ではなく「永続的な減収」の重み

政府は「年間1.5兆円の減収」と説明しますが、これは単年の話ではありません。暫定税率の廃止は恒久措置であり、毎年1.5兆円が失われる構造です。10年累計では15兆円、20年では30兆円を超える巨額に達します。この財源は、道路老朽化対策や地方交付税の原資として「毎年」必要とされるものであり、代替財源が確保されない限り、歳出削減か増税か国債増発のいずれかに頼らざるを得ません。都市部非車所有者にとっては、今後何十年にもわたり「恩恵ゼロ」のまま負担を強いられるリスクがあり、政策の持続可能性に深刻な疑問が残ります。

廃止により、これらの財源が失われると、道路の老朽化加速や地方財政の逼迫が懸念されます。都市部非車所有者にとっては「道路整備の恩恵も少ない」一方で、税収減の間接負担は避けられず、全体の公平性が問われます。

都市部・非車所有者への「ゼロ恩恵」問題

東京23区や大阪市など公共交通が充実した都市部で車を所有しない人々にとって、ガソリン税暫定税率の廃止は直接的な恩恵がほぼありません。総務省の調査(2024年)によると、全国の自動車保有率は約60%ですが、東京都区部では30%未満です。約7割の世帯が減税の効果を実感しにくい構造であり、1.5兆円の税収減を全国民で負担する中で、この層への配慮が十分か疑問が残ります。

1.5兆円減収の費用対効果は見合うのか?

政府試算では、減税効果の約70%が地方在住者・運送業・製造業に集中します。都市部の非車所有者は物流コスト低下による物価抑制(食品・日用品価格0.5〜1%下落)という間接効果が主で、1人あたり年間1,000〜2,000円程度の恩恵に留まります。一方、地方の車所有世帯では1世帯あたり10,000円以上の節約が見込まれるため、受益の格差は大きいと言えます。

政策案 年間コスト 都市部非車所有者への恩恵
ガソリン税暫定税率廃止 1.5兆円 ほぼゼロ(間接効果のみ)
住民税非課税世帯への給付金(1世帯3万円) 約1.2兆円 直接給付(都市部含む)
公共交通定期券の半額補助(通勤・通学) 約0.8兆円 都市部非車所有者に直撃

同じ財政負担で、より幅広い層に恩恵を行き渡らせる選択肢がある中、なぜこの政策に絞ったのかという点は議論の余地があります。

政策決定後の検証ポイント

  • 都市部非車所有者への間接効果は、実際に生活実感としてどれだけ届くのか。
  • 減収分の穴埋めが歳出削減や高所得者負担で確実に進むのか、それとも将来世代への先送りとなるのか。
  • 地方と都市の受益格差を放置したまま、国民全体の政策支持が得られるのか。
  • 毎年1.5兆円の穴が累積する中、10年後・20年後の財政は持続可能なのか。

1.5兆円の枠内で「ガソリン税廃止(1兆円)+都市部公共交通補助(0.5兆円)」のように再配分すれば、都市部住民も実感できる支援が可能です。

政策の目的は物価高対策と家計支援ですが、誰がどれだけ恩恵を受けるのか、そしてその代償として何が失われるのか——特に「毎年続く負担」の重さを無視せず、継続的な検証が求められます。

減収補填の具体策

廃止に伴う減収を補うため、政府・与野党は安易な国債発行を避け、税外収入や税制の見直しを軸とした対応を検討しています。合意文書では、税外収入などの一時財源を確保しつつ、道路関連インフラの安定財源確保策を今後1年程度で結論づける方針です。年末までに代替財源の詳細を詰めることで、財政の健全性を保ちながら廃止を実現する方向です。

一時的な財源確保策

短期的な穴埋めとして、税外収入(国有財産の処分益や基金取り崩しなど)を活用します。これにより、廃止直後の財政ショックを緩和し、ガソリン価格の急落による流通混乱(買い控えや在庫切れ)を防ぐための補助金積み増しも並行して実施されます。具体的には、11月13日からガソリン補助金を段階的に引き上げ(2週間ごとに5円ずつ)、12月11日に暫定税率分と同額に到達させる計画です。軽油についても同様の措置が取られます。

恒久的な代替財源の検討

長期的な安定財源として、法人税の租税特別措置の見直しが焦点です。租税特別措置の総額は約2兆円で、これをゼロベースで見直すことで1.5兆円規模の財源を捻出可能です。与党内では法人税増税(大企業向け課税強化)が議論されており、野党(立憲民主党、日本維新の会、国民民主党)も賃上げ減税や全体の見直しを主張しています。また、高所得者の負担増(所得税の累進強化)も検討されており、参院選公約で掲げられた「法人の収益に応じた応分の負担」がこれに該当します。これらの措置により、赤字中小企業への影響を抑えつつ、公平性を高めた財源確保を目指します。

法人税・高所得者課税へのシフトの背景と限界

「ガソリン税不足分を法人税や高所得者で補う」という説明は、直接的な因果関係が薄く、政策的には「負担の公平性確保」という理念に基づくものです。実際、政府・与党は租税特別措置の見直し(約2兆円規模)を通じて1.5兆円程度の財源を捻出する方針ですが、これはガソリン税減収の「穴埋め」ではなく、全体の歳入構造改革の一環と位置づけられています。

負担の「すり替え」ではなく「再配分」の意図

ガソリン税は消費税と異なり、所得に関係なく一律に課されるため、低所得層への負担感が強い一方、大企業や高所得者は相対的に負担が軽い構造です。暫定税率廃止による減収を法人税強化で補う案は、「受益と負担のバランス」を是正する観点から議論されており、立憲民主党の「大企業優遇是正」や日本維新の会の「賃上げ減税見直し」もこの文脈に含まれます。ただし、現時点で具体的な税率引き上げ案はなく、2025年度税制改正大綱での結論が待たれます。

自動車関連税の見直しが現実的な選択肢か

「自動車税の見直し」は、ガソリン税と自動車ユーザーの負担構造が重なるため、代替財源として検討されています。特に以下の案が浮上しています:

  • 自動車重量税の環境性能連動強化:エコカー減税の段階的縮小により、年間約3,000億円の増収が見込まれる(環境省試算)。
  • 走行距離課税(キロメートル税)の導入:ガソリン消費量に比例する税から、実際の走行距離に応じた課税へ移行。欧州諸国で導入実績あり。
  • 自動車取得税の復活・強化:消費税増税時に廃止されたが、EV普及に伴う税収減を補うため再検討の動き。

ただし、自動車税強化は「二重課税」批判を招く

ガソリン税を減税した直後に自動車関連税を増税すると、自動車ユーザーの総負担は変わらない、あるいは増加する可能性があり、「暫定税率廃止の意味がなくなる」との批判は根強いです。実際、2025年11月の全国軽自動車協会の調査では、約7割が「ガソリン税減税の効果が相殺される」と回答しています。

「暫定税率廃止=負担ゼロ」ではない本質

「結局、負担自体は変わらないのでは?」——は、まさに政策のジレンマです。暫定税率は「当分の間税率」として本則税率(28.7円)と一体化しており、廃止後も本則税率は存続します。さらに、将来的な代替財源が自動車関連税や環境税に移行すれば、負担の「形」は変わっても「総額」は維持される構造です。

負担の「見える化」と「再配分」が鍵

政府は「ガソリン税の二重課税(消費税との重複)」を解消する一方で、走行距離課税や炭素税など、環境負荷や利用実態に応じた課税への転換を視野に入れています。これにより:

  • ガソリン依存の低所得層・地方住民の負担軽減
  • 高頻度利用者(運送業など)への応分負担
  • 脱炭素社会への誘導

を実現する狙いですが、移行期の負担増は避けられず、「暫定税率廃止=減税」と単純化できない複雑さが残ります。

結論:負担は「形を変えて」継続する

暫定税率廃止は、国民に「減税の実感」を与える政治的パフォーマンスであると同時に、税制の現代化(環境対応・公平性確保)への第一歩でもあります。国有財産売却はつなぎ、法人税・高所得者課税は理念的再配分、自動車税見直しは現実的選択肢——いずれも「穴埋め」ではなく、負担の総額を維持しつつ構造を変えるための手段です。結果として、「ガソリン税の名前が消えても、別の名前で同額の負担が続く」可能性は極めて高いと言えます。