三菱商事、洋上風力発電事業からの撤退を発表
洋上風力発電の概要と世界の状況
三菱商事、洋上風力発電事業からの撤退を発表
2025年8月27日、三菱商事は秋田県と千葉県沖の3海域(秋田県能代市・三種町及び男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖)で計画していた洋上風力発電事業から撤退することを正式に発表しました。この決定は、日本政府が推進する再生可能エネルギー政策の要である洋上風力発電の導入に遅れをもたらし、地元自治体や関係者に大きな衝撃を与えています。本記事では、撤退の背景や影響、今後の展望について詳しく解説します。
撤退の背景:コスト高騰による採算性の悪化
三菱商事は2021年12月、中部電力の子会社シーテックやウェンティ・ジャパンなどと共同で、政府の洋上風力発電事業公募(第1ラウンド、R1)において、3海域の事業権を獲得しました。当時、三菱商事連合は競合他社より2割以上安い売電価格(1キロワット時あたり11.99~16.49円)で落札し、業界を驚かせました。この低価格戦略が評価され、合計約170万キロワット(1.7ギガワット)の発電を2028~2030年に開始する計画でした。
しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵攻や世界的なインフレ、円安、サプライチェーンの逼迫、金利上昇などにより、資材価格や人件費が急騰。建設費用は当初の見込みの2倍以上に膨らみ、風車自体の原価上昇が特に大きな要因となりました。三菱商事の中西勝也社長は記者会見で、「30年間の総売電収入よりも保守・運転費用を含む総支出が大きく、事業計画の実現が困難」と述べ、事業継続が民間企業として合理的でないと判断したことを明らかにしました。
経済的・社会的影響
三菱商事の撤退に伴い、約200億円の保証金が国に没収され、連合は次の公募に参加できないペナルティを受けます。既に2024年度に522億円の減損損失を計上しており、追加損失は限定的とされていますが、事業パートナーである中部電力は2026年3月期に約170億円の損失を見込んでいます。
地元自治体や企業にも大きな影響が及びました。秋田県では、2海域での事業による約2500億円の経済波及効果が期待されており、由利本荘市ではホテルや賃貸住宅の需要増加など既に経済効果が現れていました。秋田県の鈴木知事は「国家の事業で国を代表する企業の撤退は大変な衝撃」と述べ、男鹿市や由利本荘市でも落胆の声が上がっています。地元企業では、風車部品の受注を見込んで設備投資を行った企業が困惑しており、事業撤退による地域経済への影響が懸念されます。
政府の対応とエネルギー政策への影響
政府は洋上風力を再生可能エネルギーの「切り札」と位置づけ、2040年までに発電電源の4~8%を風力で賄う目標を掲げています。しかし、三菱商事の撤退は、この目標達成に遅れをもたらす可能性があります。武藤容治経済産業大臣は「洋上風力全体に対する社会の信頼を揺るがしかねない」と遺憾の意を表明し、地元との対話を求めました。政府は事業者採算性を改善するため、市場価格に応じた補助金制度(FIP)への移行や海域使用期間の延長(最大30年から原則10年追加)を検討していますが、制度設計の遅れやインフレ対応の不足が指摘されています。
エネルギー経済社会研究所の松尾豪代表は、「三菱商事の低価格入札がインフレを予測できなかったことが要因」と指摘し、今後の再公募でも事業者の応札が難しい可能性を示唆しています。世界的に洋上風力事業のコスト高騰が問題となっており、米国のトランプ政権によるプロジェクト阻止の動きも、業界全体の不確実性を高めています。
今後の展望と課題
三菱商事は撤退後も地域共生策の継続を検討し、秋田や千葉での協議を進める方針です。中西社長は「脱炭素社会の実現に向けた取り組みは続ける」と強調しましたが、洋上風力事業の再参入については明言を避けました。政府は撤退した3海域で再公募を計画していますが、事業環境の不確実性から応札者が現れるかは不透明です。
日本の洋上風力発電は、安定した風力や騒音問題の少なさから、再生可能エネルギーの主力として期待されてきました。しかし、今回の撤退は、事業とコストの両立の難しさや、インフレ局面での制度設計の課題を浮き彫りにしました。洋上風力を含む再生可能エネルギーの拡大には、官民連携による柔軟な制度設計と、長期的なサプライチェーン整備が不可欠です。
三菱商事の撤退は、日本のエネルギー政策や地域経済に大きな波紋を広げていますが、関係者はこの事態を批判で終わるのではなく、次につながる議論を進めるべきだと訴えています。
洋上風力発電の概要と世界の状況
洋上風力発電は、海上や湖沼などの水域に設置された風力発電施設を利用して電力を生成する再生可能エネルギー技術です。陸上風力発電に比べ、海上では風速が強く安定しており、障害物が少ないため、より多くの電力を効率的に生成できます。また、景観や騒音の問題が少なく、大規模な発電施設を設置しやすい点も特徴です。本記事では、洋上風力発電の仕組み、メリット、課題、そして成功している国の事例を紹介します。
洋上風力発電の仕組みとメリット
洋上風力発電は、風力タービンを海上に設置し、風の力を利用して発電します。タービンは固定基礎型(水深約50mまでの浅い海域に適する)または浮体式(より深い海域に適する)のいずれかで設置されます。風力タービンのブレードが風を受けて回転し、発電機を動かして電力を生成します。生成された電力は海底ケーブルを通じて陸上の送電網に送られます。
洋上風力の主なメリットは以下の通りです:
- 高い発電効率:海上では風速が平均7m/s以上と強く、容量利用率が40~50%に達し、陸上風力や太陽光発電に比べて安定した電力供給が可能です。
- 環境への影響の低減:陸上と異なり、騒音や景観への影響が少なく、地域住民との摩擦が少ないです。
- 大規模な開発余地:広大な海洋面積を活用でき、特に深い海域での浮体式タービンの開発が進むことで、設置可能なエリアが拡大しています。
洋上風力発電の課題
一方で、洋上風力発電には以下のような課題が存在します:
- 高コスト:洋上風力の建設・設置・保守費用は陸上に比べて高額です。2019年には1MWhあたり78ドルまでコストが低下しましたが、依然として化石燃料と競合するには補助金や政策支援が必要です。
- 技術的難易度:塩水や高湿度による腐食、強風や波浪への耐性強化、海底ケーブルの設置など、技術的課題が多く、保守コストも高くなります。
- 環境への配慮:海洋生態系への影響や漁業との調整、鳥類への影響など、環境保護の観点からの課題も存在します。
日本では、2025年8月に三菱商事が秋田県と千葉県沖の3海域での洋上風力事業から撤退した事例が注目されました。資材価格の高騰や円安による採算性の悪化が原因で、約200億円の保証金没収や地域経済への影響が問題となりました。この事例は、洋上風力発電の経済的リスクを浮き彫りにしています。
洋上風力発電で成功している国
洋上風力発電は、特に中国、英国、ドイツで急速に成長しており、これらの国は世界の洋上風力市場をリードしています。以下に、それぞれの国の成功事例を紹介します。
中国:世界最大の洋上風力市場
中国は2021年に英国を抜き、世界最大の洋上風力発電市場となりました。2023年末時点で、稼働中の洋上風力発電の総容量は約31.5GW、風力発電所数は129に上ります。広大な海岸線と政府の強力な政策支援が成長を後押ししています。2025年までに再生可能エネルギーの33%を風力・太陽光で賄う目標が掲げられており、福建省や広東省の沿岸部では大規模な洋上風力プロジェクトが進んでいます。2023年には5GWの洋上風力容量が追加され、台湾海峡に建設中の10kmにわたる風力発電所は、ノルウェー全土を賄えるほどの電力を生成する規模です。中国は2030年までに風力・太陽光の総容量を1200GWに増やす計画です。
英国:洋上風力のパイオニア
英国は、2021年まで世界最大の洋上風力市場であり、2023年末時点で約13.9GWの容量を誇ります。北海に位置するHornsea 2(1386MW)は世界最大の洋上風力発電所で、2022年に商業運転を開始しました。また、建設中のDogger Bank風力発電所は、完成すれば3600MWの容量で600万世帯に電力を供給可能です。英国の成功の鍵は、長期的な政策支援と投資です。政府は2030年までに洋上風力を50GWに増やす目標を掲げ、雇用の創出や産業育成にも力を入れています。英国の長編な海岸線と浅い海域は、固定基礎型タービンの設置に最適で、技術開発も進んでいます。
ドイツ:技術革新と地域協力
ドイツは、洋上風力発電容量で欧州2位(約6.4GW、2023年時点)であり、北海とバルト海の地理的優位性を活かしています。2009年に初の洋上風力発電所Alpha Ventusを稼働させて以来、急速に成長し、2023年には136基の新タービンを設置しました。ドイツは2045年までに70GWの洋上風力容量を目指しており、コスト削減にも成功しています。2018年には補助金なしでのプロジェクト入札が実現するなど、競争力が高まっています。ドイツの特徴は、地域協力によるインフラ整備です。北海の洋上風力をデンマークに供給するリンクを構築するなど、国境を越えた電力網の統合を進めています。また、風力タービンの技術革新やサプライチェーンの強化も進んでいます。
今後の展望
洋上風力発電は、再生可能エネルギーの主力として世界中で拡大しています。2022年末時点で世界の洋上風力容量は64.3GWでしたが、2032年までに447GWに達する見込みです。特にアジア太平洋地域(中国、台湾、韓国など)や欧州(英国、ドイツ、デンマーク、オランダ)が成長を牽引し、新たな市場として米国や日本も注目されています。
しかし、コスト削減、技術開発、環境配慮、政策支援の強化が引き続き課題です。日本では、三菱商事の撤退事例から、インフレやサプライチェーンの不安定さへの対応が急務であることが明らかになりました。各国は、官民連携によるサプライチェーン整備や補助金制度の改善、国際協力を通じて、洋上風力の持続可能な成長を目指しています。洋上風力発電は、脱炭素社会の実現に向けた重要な一歩として、今後も注目される技術です。